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ベイズ統計・MCMC法を利用した信頼度・故障率の推定



1. 故障時間データ, 及び, 階層ベイズを活用した信頼度の推定


1.1. 信頼性関数[1][2]

故障時間(failure time) $t$ は, 確率密度関数 $f(t)$, 累積密度関数 $F(t)$, 信頼度関数 $R(t)$, または, ハザード関数 $h(t)$ (A.1節)を使用して特長づけることができます. 確率密度関数 $f(t)$ は, 着目する機器の故障時間の頻度分布として用いられます. 累積密度関数 $F(t)$ は, 時間間隔 $0 - t$ において, 機器が故障する確率を与えます. 別の言い方をすると, $F(t)$ は, 時間 $t$ までに故障する機器の割合を示し, 不信頼度関数とも呼ばれます. $F(t_2)-F(t_1)$ は, 下図の $f(t)$ 及び $t = t_1, t_2$ で囲まれる面積を示し, 次のような解釈が挙げられます.


信頼度関数 $R(t)$ は, 時間 $t$ において生きている確率を示し, 次式のように書けます: $R(t) = 1 - F(t)$. 信頼度については, 次のような解釈が挙げられます.

1.2. 階層ベイズを活用した信頼度 $R(t)$ の推定例[3]


故障時間データ

階層ベイズを活用した信頼度の推定例をご紹介します(文献[3]より抜粋). 本例では, 次のようなローラーベアリングの故障時間データ[h]を用います(画像はイメージです). アスタリスク(*)が付いているデータは右側打ち切りデータであり, 付いていないものは打ち切り無しの故障時間です.


故障時間データ表[h]
1085*6461795*100*727*2238*
1500*820*189016282294*1388*
1390*8971145*759*663*1153*
152*810*1380*246*1427*2892*
971*80*61*861*9512153*
966* 11671165*462*767*853*
997*711437*1079*546*911*
887*12031152*1199*736*2181
977*85*159*424*917*1042*
1022*1070*3428*763*2871*799*
2087*719*555*1297*1231*750

ここで, 打ち切りデータとは, 次のようなデータを指します.


尤度関数

ベイズ統計では, 事前分布, 事後分布, 及び, 尤度関数の関係は, 次のように書けます(A.3節).

$ \hspace{20pt}事後分布 \propto 尤度関数 \times 事前分布 \\ $

上図のように, 点検を実施した時刻を $t_L$, $t_R$ と書くと, 各観測タイプにおける故障時間 $t$ , 及び, 尤度関数における項は次のように書くことができます.


観測タイプ故障時間 $t$尤度関数における項
打ち切り無し$t = t_R$$f(t)$
右側打ち切り$t_R < t$$1-F(t_R)$
左側打ち切り$t \leq t_L$$F(t_L)$
区間打ち切り$t_L < t < t_R$$F(t_R)-F(t_L)$



本例では, $f(t)$ が対数正規分布に従うものと仮定します. 11個の打ち切りなしデータと, 55個の右側打ち切りデータを使用すると, 尤度関数は, 次式のように書けます.

$ \hspace{20pt}f(\pmb{t}_{u},\pmb{t_c}|\mu, \sigma^2) = \prod^{n=11}_{i=1} f(\pmb{t}_{u,i}|\mu, \sigma^2) \prod^{n=55}_{j=1} (1-F(\pmb{t}_{c,j}|\mu, \sigma^2)) \\ $

ここで, $\pmb{t}_{u,i}, 及び, \pmb{t}_{c,j}$ は, それぞれ, $i$ 番目の打ち切り無しデータ, 及び, $j$ 番目の右側打ち切りデータを表します. また, $\mu$, 及び, $\sigma^2$ は, それぞれ, 対数正規分布の平均, 及び, 分散です.


事前分布

$\mu$, 及び, $\sigma^2$ の事前分布は, 次のような, 正規分布, 及び, 逆ガンマ分布を採用しています(文献[3]では, この選択を, 機器の技術者の知見に基づいて決めたとしています).


試計算

以上の内容を踏まえると, 事前分布, 尤度関数, 及び, 事後分布は, 次のように書けます.

$ \hspace{20pt}事後分布 \propto 尤度関数 \times 事前分布\\ \hspace{20pt}f(\mu, \sigma^2|\pmb{t}_{u},\pmb{t_c}) \propto f(\pmb{t}_{u},\pmb{t_c}|\mu, \sigma^2) p(\mu) p(\sigma^2) \\ $

本例では, MCMC(Markov chain Monte Carlo)のアルゴリズムを搭載したソフトウェアを使用し, $\mu$ 及び $\sigma^2$ の確率分布, 及び, 信頼度関数 $R(t)$ (1.1節)の試計算を試みました. 信頼度関数 $R(t)$ の算出例を下図に掲載します. 各時刻における信頼度(分布)の中央値を実線で示しています. 90%信頼区間を点線で示しています.



この例では, 打ち切り無し・打ち切り有りの故障時間データが混在する場合について, 信頼性関数推定の試計算例を記しました. このように, 異なる打ち切りの方式が混在した故障時間データをまとめて考慮した上で, 信頼性関数推定の検討が可能な点は, ベイズ統計の枠組みを用いる利点であると言えます.


2. カウントデータ, 及び, 階層ベイズを活用した故障率の推定[3]


故障のカウントデータ

故障のカウントデータを使用した故障率の推定例を記します(文献[3]より抜粋). この例では, 47個の同種の機器(スーパーコンピュータのメモリ)について, 1ヶ月当りの故障回数を使用します(画像はイメージです).


故障回数(1ヶ月)
1234567891011121314151617181920
15142313644423224552

2122232425262728293031323334353637383940
53223112514111213253

41424344454647
5251152


階層ベイズの構成

本例では, 機器の故障はランダムに発生すると想定し, 故障率(ハザード関数: A.1節)は一定とします. 各機器の1ヶ月当りの故障回数 $x_i$ はポアソン分布(A.2節)に従うものと仮定します. $\lambda_i$ を機器 $i$ の故障率[回/月], $t_i$ を機器 $i$ の稼動時間(=1ヶ月)すると, 次のように書けます.

$ \hspace{20pt}x_i \sim Poisson(\lambda_i t_i)\hspace{40pt}i=1,...,47\\ \\ $

故障率は, ガンマ分布(A.2節)に従うものと仮定します.

$ \hspace{20pt}\lambda_i \sim Gamma(\alpha, \beta)\hspace{40pt}i=1,...,47\\ \\ $

文献[3]では, ハードウェアに関する知見に基づき, ハイパーパラメータ $\alpha, \beta$ を次のように与えています.

$ \hspace{20pt}\alpha \sim Gamma(5.0, 1.0)\\ \hspace{20pt}\beta \sim Gamma(1.0, 1.0)\\ \\ $


試計算

MCMC(Markov chain Monte Carlo)のアルゴリズムを搭載したソフトウェアを使用し, 上記の関係を満たすような各パラメータ推定の試計算例を記します. 以下に $\lambda_i$ に関する数値データ, 及び, ヒストグラムを掲載します. 例えば, $\lambda_1$ 及び $\lambda_9$ に着目すると, 次のように書けます.

上記のような試計算結果は, 簡単に書くと, 次のように解釈できます: 個々の故障率を推定する際, 自身以外の(全ての)機器のデータ(故障回数)を考慮・評価して実施されます. この点は, 階層ベイズを活用する利点であると言えます. また, 各故障率についての分布が得られる為, 区間(例: 90%信頼区間)で評価することも検討可能と言えます.


下側95%中央値上側95%平均標準偏差
lambda[1]0.75141092.1471054.0223712.2481740.86767
lambda[2]1.60516063.3933725.7941473.5265641.1029097
lambda[3]0.71598112.1649823.9844372.2600340.8687029
lambda[4]1.30975013.0942695.3083.2176561.0454095
lambda[5]0.93130612.4699354.4130172.5844020.9256131
lambda[6]1.10881792.7904644.7917222.898440.9844707
lambda[7]0.78625492.1616554.0318762.2614370.8676789
lambda[8]1.16376722.7752394.878932.8948450.9850045
lambda[9]1.72668523.7029086.1057353.8376111.1579164

・・・以降省略


・・・以降省略


A. 付録


A.1. ハザード関数(瞬間故障率, 故障率)[2]

時間 t = 0 から稼動を開始する1000個の機器を想定します. 時間の経過と共に, 機器は, 一つ一つ, 故障していくことが考えられます. 例えば, 5000時間稼動し, 4個の機器が故障したとします. このとき, 次の機器が, 5000-5001時間の間に故障する確率を考えます. t = 5000 において996個の機器が稼動しており, 次の1時間に機器が(1個)故障するので, その故障率は, 次のような見積もりが考えられます: 1/996 [個/時間]. この見積もり式をよく見てみますと, 条件付確率が考慮されていることがわかります. 具体的には, "5000時間後に生き残った機器(=996個)の内" という条件です.

このような条件を考慮した確率は, 条件付確率を用いてより正確に定義されます. $A$ が生じた後(条件: 上の例では, 5000時間稼動して, 996個が生き残っている), $B$ が起こる(上の例では, 5000-5001時間の間に1個の機器が故障する)確率は, 次式のように書けます.

$ \hspace{20pt}P(B|A) = \frac{P(B と A が共に起こる)}{P(A)} \\ $

この式を用いると, 時間 $t$ まで生存し, 次の(小さい)時間間隔 $\Delta t$ において故障する(条件付き)確率は, 次式のように書けます.

$ \hspace{20pt}P(次の \Delta t において故障する|時間 t まで生きる) = \frac{F(t + \Delta t) - F(t)}{R(t)} \\ $

上式を $\Delta t$ で割り, 単位時間当りの値(=割合)に変換します.

$ \hspace{20pt}P(次の単位時間において故障する|時間 t まで生きる) = \frac{F(t + \Delta t) - F(t)}{R(t)\Delta t} \\ $

ここで, $\Delta t \rightarrow 0$ とすると, 次式のようになります.

$ \hspace{20pt}\lim_{\Delta t \to 0}\frac{F(t + \Delta t) - F(t)}{R(t)\Delta t} = \frac{F'(t)}{R(t)} = \frac{f(t)}{R(t)} \\ $

上式の左辺は, ハザード関数と呼ばれ(または, 瞬間故障率, 或は, 単に故障率と書かれる), 時間 $t$ まで生きた後, 次の(微小)時間に故障する機器の割合を示します.

$ \hspace{20pt}h(t) = \frac{f(t)}{R(t)} \\ $

ハザード関数は, 上の式で表される割合であり, 1より大きい値をとり得ます. また, 次の点に注意が必要です: 文献によって, 故障率の定義が異なる場合があるようです. 例えば, 故障率の定義を $f(t)$ としているものもあります.

例として, ハザード関数(または故障率)を一定($\lambda = 0.1$)としたときの確率密度関数(指数分布)$ f(t)$, 信頼度関数 $R(t)$, 及び, ハザード関数(または故障率)を以下に示します.

$f(t) = \lambda e^{-\lambda t}$ $R(t) = e^{-\lambda t}$ $h(t) = \lambda$


A.2. 確率分布


ガンマ分布[6]

ガンマ分布は指数分布を一般化したものである. 故障率を表現する確率分布として広く使用されている. ガンマ分布が, 故障率の表現として受入れられている主な理由は, (例えば, ポアソンサンプリングモデルにおける)自然な共役分布であることが挙げられる. ガンマ分布 $Ga(\alpha, \beta)$ の確率密度関数は次式のように書ける.

$ \hspace{20pt}p(\lambda;\alpha,\beta) = \frac{\beta^\alpha}{\Gamma(\alpha)}\lambda^{\alpha-1}e^{-\beta\lambda}\hspace{20pt}\lambda, \alpha, \beta \gt 0 \\ $

積分して1になる(規格化)ように, $\Gamma(\alpha)$ で割ってある.

ポアソン分布[4][5], 及び, ポアソン過程

ポワソン分布はある時間内, 空間内, 及び, 面積内に生じる事象数のモデル化に広く使用されている. 例えば, ワイヤーや計算機の磁器テープの欠陥, または, ある期間における製品の故障数などである. このモデルは, 次のような状況で使用される.

標本 $X$ は, 非負の整数であり, その標本空間は $S={0, 1, 2, ...}$ である. 例えば, 時間区間 $(0, t)$ において生じる事象の数を, $X(t)$ と書くこととする. このとき, $X(t) (t \ge 0)$ の乱数は, しばしば, ポアソン分布に従うものと仮定される. また, このとき, $X(t) (t \ge 0)$ は, 強度(intensity) $\lambda$ のポアソン過程であると呼ばれる.

$ \hspace{20pt}f(x) = \frac{(\lambda t)^{x}e^{-\lambda t}}{x!}\hspace{20pt}\lambda \gt 0,\hspace{20pt}x = 0, 1, 2, ... \\ $

A.3. ベイズ統計学について[7]

母数 $\theta$ の母数空間を $\Theta$, 観測される確率変数 $\tilde x$ の標本空間を $\Omega$ とする.

  1. $\theta$ について, 既知の確率分布があるものとする(事前分布と呼ぶ). その密度関数を $p(\theta)$ とする.
  2. 観測される確率変数 $\tilde x$ は, 母数 $\theta$ が真であるとき, $\Omega$ 上の密度関数 $f(x|\theta)$ を持つものとする. ($f(x|\theta)$ は条件付確率と呼ばれる. 簡単に書くと次のような意味である: $\theta$ のとき, $x$ が起こる確率)
  3. さらに, $f(\theta, x)$ を, $\Theta \times \Omega$ 上の確率変数 $\tilde{\theta}, \tilde x$ の同時密度関数とする. (このとき, $f(\theta, x) = p(\theta)f(x|\theta)$ と書ける)

1. によって, 母数空間 $\Omega$ 上に確率分布が導入されていれば, 観測による標本情報 $\tilde{x} = x$ が得られたという条件のもとでは, ベイズの定理により, $\Omega$ 上に次のような密度関数を持つ新たな(条件付)確率分布が定まる.

$ \hspace{20pt}p(\theta|x) = \frac{f(\theta, x)}{f(x)} \\ \hspace{45pt} = \frac{p(\theta)f(x|\theta)}{\int_{\Theta}f(\theta,x)d\theta} \\ \hspace{45pt} = \frac{p(\theta)f(x|\theta)}{\int_{\Theta}p(\theta)f(x|\theta)d\theta} \\ \\ $

$p(\theta|x)$ は事後分布と呼ばれる. また, $f(x|\theta)$ を, $x$ が与えられたときの $\theta$ の関数とみれば, これは尤度関数である. よって, 上の式より, 次式のようにも表せる.

$ \hspace{20pt}事後分布 \propto 尤度関数 \times 事前分布 \\ $

参考文献

  1. William Q. Meeker, Luis A. Escobar, Statistical Methods for Reliability Data, John Wiley & Sons, 1998.
  2. Paul A. Tobias, David Trindade, Applied Reliability Second Edition, Chapman and Hall/CRC, 1995.
  3. Mike Hamada, Alyson Wilson, Shane Reese, Harry Martz, Bayesian Reliability, Springer, 2008.
  4. Harry F. Martz, Ray A. Waller, Bayesian Reliability Analysis, Krieger Publishing Company, 1991.
  5. Wayne Nelson, Applied Life Data Analysis, John Wiley & Sons, Inc, 1982.
  6. 東京大学教養学部統計学教室偏, 統計学入門, 東京大学出版会, 1991.
  7. 府川哲夫, 清水時彦, 小地域生命表のベイジアン・アプローチ, 人口学研究 (第13号), 1990.

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